2015年9月29日火曜日

スナック愛についてこと


            最近、私の好きな日本文学の話は断然スナック愛です。なぜというのは、その話を読んでいる時にちょっと懐かしい気持ちがしましたからです。私の近所ではありませんが、そのような詳しい描写を読むと、描写はどんどん記憶みたいなことになってきます。そしてスナックのおばさんはとても淋しそうですから、私が悲しくなります。文調はとても直接で感情があまりありませんが、読んでいる時に私がとても感情的になりました!

フィービ ホーガン

2015年9月27日日曜日

「かける」と「スナック愛」

最近、私たちは授業で多和田葉子の「かける」と川上弘美の「スナック愛」を読みました。二人も女性作家だし、生活している年代も同じだし、そして「かける」と「スナック愛」両方も誰かの日常を描いていますから、私は最初、この二つ文章はよく似ていると思います。でもちゃんと読んだ後、やはりそれらの文体は何かが違うって、私は分かりましたね。
確かに多和田葉子は自分の日常を描いていますが、その中幻想的な物もいます。彼女は自分が言いたいことを、眠そう時が見た夢として文章の中に書きました。そして彼女の動物を書く習慣もあります。その上、私とってこのアーティクル最大の魅力は、その言葉を巧みに使うスキルです。色々な「かける」の使い方を了解した今、私の中で多和田葉子はもう「言語の魔術師」のような存在になってしまいました。
一方、川上弘美は「スナック愛」で「スナック愛」のお婆さんの日常だけを描きました。しかし彼女が書いた細部からお婆さんの寂しさをしっかり分かれました。文章を読んで、彼女のよく知られていた「空気感」という文体も感じできます。
ところで、最近読んだ短編は全部、中に淡く悲しみがあります。大変そうですねT_T

「スナック愛」について

Xinyu Zheng かず


今週で読んだ短編小説は川上宏美の「スナック愛」だ。最初はタイトルの「スナック」の意味が分からないので、この作品は一体何を描いたのか全然理解でない。実は、その「スナック愛」はこのあたりのお婆さんが経営してるレストランだ。でも、私にとって、このおかしいの名前はこの店のおかしい雰囲気とすごく似ている。それは、この名前も、この店も、とても流行りの表面がある、でも実の内容はとても普通のためかもしれない。

2015年9月24日木曜日

「Yesterday」について

Xinyu Zheng かず

Yesterday」は村上春樹の短編小説作品集「女のいない男たち」の中の一つだ。「Yesterday」を初めて読んだとき、私はこの文章から強い「村上風」を感じた。それは、とても意識的なオーペンニングだ。話はどこから始めるか、会話をする人の身分は何か、全然わからないまま、村上はその方法でシナリオを続けた、その同時に、読者の興味も握った。そして、彼は日本人の「皆と同じ事をするのが正しい」という特性を、主人公の一人の谷村の身の上で表見した。谷村は関西出身で、東京へ進学した後、皆と同じようになるため、関西弁を捨てて、標準語を使い始めた。それは、とても面白い描きだと思う。

(先日ブログを繋がらないため、提出を遅れてすみませんTAT)

2015年9月23日水曜日

「かける」についての気持ち

(この投稿を始める前に、8日間遅くてすみませんでした!)



多和田葉子の「かける」は最初の日本語で書いてある短編ではないが、この短編には掛詞が多いから他の短編から目立つ。それに、それぞれの「かける」の意味が分かりやすいと思います。

しかし、「かける」にもメタファーが入っている。英語で書いてある本や書物などはメタファーか直喩が入っていてもなんとなくわかるようになるけど、日本語で書いてあるメタファーはまだ慣れていないから分かりにくいと僕にとって思います。

しかも、 「かける」はまだ面白い短編です。読むたびに次第にそのメタファーの意味が明らかになります。

2015年9月19日土曜日

ガブリエル ·ガルシア ·マルケズ:南米の村上

村上春樹の小説と短編小説を読んでいる時、僕はいつもガブリエル ·ガルシア ·マルケズを思い出しています。二人ともは「マジカルリアリズム」をつかいますよ。そして、二人ともは言葉を作ります。しかし、村上の小説はたしかにマルケズのよりもせいじょうです。マルケズの小説の中で、たくさんすごく変な状況があります。例えば、『100 Years of Solitude」というマルケズの小説の中で、ウィチドクターがあるし、戦争もあるし、大き竜巻もあります。ちょっと圧倒的ですね。でも、ときどき村上も圧倒的です。二人ともはちょっと変な人ですね。

2015年9月16日水曜日

100パーセントの女の子についての感想

村上春樹の小説はいつも、読者の視点や立場によって彼らに違う感想を生み出せます。「4月のある晴れた朝に100パーセント女の子に出会うことについて」を読んだ後、皆は縁がある人と出会うのは難しいとか、出会ったのに、見逃したのは運命のいたずらだとか、チャンスを掴んで挑戦に直面しなきゃならないとか、色々な感想があるかもしれません。こういうのは、「一千の読者千ハムレットがある」ということでしょうか。
そして私にとって、一番関心があるポイントは100%の人はこの世に存在するかどうかの問題です。「100%の人」はとてもロマンチックで理想的な概念なんだから、現実の中には本当にいるかどうかが疑ってずっと考えています。それに「一目で見て恋愛した」という状況も、水瓶座の私にとってはかなり想像しにくいことですね。
そうは言っても、ロマン主義の小説を読んているのに、こんなの無関係なことを考えている私はちょっと現実的すぎるかなって、心配ですね。

2015年9月15日火曜日

村上についてこと!(フィービー・ホーガン)


村上春樹の話が好きで、いつも本当に変でユニークです。私はよく英語でファンタジーの小説を読みますが、西洋のファンタジーの内容はよく同じようなことだと思います。トルキンの指輪物語のような話がおおすぎますから、「トールキニアン」という単語はオクスフォード英語辞書に見つけられますよ。エルフやドワーフは今ちょっと陳腐なことになりましたが、村上のファンタジーの話を読むといつも驚いた。

村上春樹(ホーキンズ・レイ)

ブログの正しい所がここだのは明らかではなく、間違えてしまったらすみません。

僕は村上春樹の文章は簡単か煩雑(はんざつ)かはっきり言えません。一文一文「100パーセント女の子」を読んだらきっと言葉なんて分かりやすくて、日本語が母語ではない人でも大体短編の内容を分かります。それに、言葉と小説の意味も感じも目的が同じではありません。歴史とか文学とか作家によって小説の意味が違うから、言葉を分かるのに小説も本当に解るわけではありません。読みやすいだったり簡単な文を作ったりするから文章が好きだが、村上さんが本当の伝えたい事を受け取れたかなあ と常に惟ます。

2015年9月8日火曜日

LJ350のブログへようこそ!

皆さん、LJ350のブログへようこそ!みなさんがんばって投稿しましょう。日本文学について、読んだ本や記事について、好きな作家について…なんでもいいのです。本が嫌なら、どうして本を読むのが好きじゃないのかを書いてもいいですよ。 皆さんの記事を楽しみにしています。
          Anna Elliott